【その「声」は、本当に「奇声」ですか?】
障がい福祉の現場で働く私たちにとって、長年心に引っかかっていた言葉があります。
それは「奇声」という表現です。皆さんは、この言葉を使ったことはありますか? あるいは、耳にしたことは?
私たちは、この言葉をもう使いません。なぜなら、障がいのある方が発する言葉にならない声は、決して「奇妙な声」などではないからです。
言葉にならない「声」は、本人にとって大切な「言葉」です。
重度の知的障がいなど、様々な理由で言葉で自分の意思を伝えることが難しい方々がいます。
彼らは、私たちのように明確な言葉を発することができないかもしれません。
しかし、だからといって「何も伝えていない」わけではありません。
彼らは、言葉にならない声や、身体の動き、表情、視線など、あらゆる方法で自分の意思を表現しようと試みています。
周りから見ると、それは「奇声」として聞こえるかもしれません。
しかし、それは本人にとっては、明確な「意思表示」であり、かけがえのない「言葉」なのです。
「お腹が空いた」「眠たい」「嬉しい」「嫌だ」「助けてほしい」…私たちが普段、言葉で伝えるような複雑な感情や欲求を、彼らは自分なりの「声」で必死に伝えようとしているのです。
【表面的な理解が、見えないバリアを作る】
もし、私たちがその「声」を単なる「奇声」と決めつけてしまったらどうなるでしょうか?
「うるさいな」「また何か言っているな」と、表面的な捉え方をしてしまうと、その声の内側にある**「本人の想い」や「伝えたいこと」**に私たちは永遠に気づくことができません。
それは、本人と私たちの間に、見えない高いバリアを築いてしまうことになります。
本人が伝えようとしている「言葉」を「奇声」というレッテルで片付けてしまうのは、あまりにも単純で、そして何よりも、相手への思いやりに欠ける行為だと私たちは考えています。
【私たち福祉従事者の役割:その「言葉」を読み解くプロとして】
私たち障がい福祉従事者の大切な役割の一つは、まさにこの「言葉にならない声」を、その人なりの**「言葉」として読み解くこと**です。
声のトーン、大きさ、リズム、継続時間。
そして、その声を発している時の表情、体の動き、周囲の状況など、あらゆる要素を注意深く観察し、パターンを見つけ出し、本人の意図を推測します。
これは、まるで異国の言語を学ぶような、奥深く、そしてやりがいのある作業です。
そして、その「言葉」を理解できた時、私たちは初めて、本人の意思決定を支援し、真のコミュニケーションを築くことができるのです。
本人が発する一つひとつの「声」に、どんな意味が込められているのか。
どんな「想い」が隠されているのか。
それに想像力を巡らせ、寄り添うこと。
これこそが、私たちが日々実践している「意思決定支援」であり、「コミュニケーション支援」の根幹をなすものです。
【全ての「声」に、意味がある】
私たちは、人が発する全ての「声」には意味があると信じています。
それは、言葉として明確に発せられる声も、言葉にならない声も、同じです。
「奇声」という言葉を使うことをやめることは、単なる言葉の言い換えではありません。
それは、障がいのある方々への深い理解と尊重を表す第一歩です。そして、多様なコミュニケーションの形を受け入れ、全ての人にとって生きやすい社会を築くための、大切な意識改革だと私たちは考えています。
あなたの周りに、言葉にならない声を発する人がいたら、どうか「奇声」という言葉で片付けないでください。
その奥にある「言葉」に、そっと耳を傾けてみてください。きっと、新たな発見があるはずです。
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